13

漁網をリサイクルした再生ナイロンの話

現在店頭に並んでいるRecycled Fishing Netシリーズは、漁網をアップサイクルした再生ナイロンを原料に使っています。でもそれは、今までとは異なるアプローチで作られたリサイクル素材なのでした。

長谷川昭雄

ファッションディレクター、スタイリスト。雑誌『MONOCLE』や『POPEYE』のファッションディレクターを歴任後、フイナムとともにウェブメディア『AH.H』を立ち上げる。2020年〈NAUTICA〉のクリエイションディレクターに就任。

平沢希久子

豊島株式会社、営業企画室所属。アパレルの営業・MDを経て、中国・上海に単独で渡り、原料調達から製品までを一貫で担当。2015年、日本に帰国後、豊島株式会社にて素材や機能の全社向け企画と営業をサポートする。

今回のMAGAZINEでは、漁網ナイロンを製品化した、豊島株式会社の平沢希久子さんをお迎えして、その出会いから製品化までの道のりをうかがいます。

よろしくお願いいたします。

まず平沢さんご自身のことをうかがいます。普段はどういった業務をされているのですか?

私が所属している営業企画室には、“orgabits”というオーガニックコットンを推進するプロジェクトや、顧客向けにライセンスを発掘してプレゼンする部門などがあります。私は主に素材や機能、原料認証に携わる仕事をしています。

今回発売する漁網のリサイクルナイロンは、平沢さんご自身が企画から携わっているプロジェクトとのことですが。

そうですね。台湾出張の際、現地のメーカーで見せていただいた漁網ナイロンを使ったTシャツをきっかけに始まったプロジェクトです。

へー台湾なんですか。

はい。台湾はポリエステルやナイロンなど合成繊維が盛んで、世界のスポーツ素材を製造しています。だから、そのTシャツも合成繊維ではあることに間違いはないのですが、触り心地はコットンみたいで、すごく素敵だなと思ったんですね。

これまでの漁網ナイロンとは異なる印象だった、と?

はい。私自身、漁網ナイロンのことは以前に調査していたんです。ケリー・スレーターさんというサーファーがいらっしゃいますよね。数年前、ケリーさんが手がける〈OUTER KNOWN〉というブランドで、漁網ナイロンを使ったTシャツやウォッチバンドを作っていました。そこには、海に還元することをやりたい、というメッセージが込められていて、とても素敵だなと思っていたんです。でも、台湾で見たTシャツは、風合いもなにも全く別物のように感じたんです。それで「これは、どこで作っているんですか? 教えてください!」と頼み込みました。その後、製造しているメーカーは分かったのですが、門前払いみたいになってしまって(笑)。

あらら。

それで、ラブレターじゃないですけど、想いをしたためたメールを、間に入ってもらった台湾の方を通じてお送りしたりしました。

すごい熱量ですね。

それから半年ほどして、ようやく会って頂けることになり、詳しいお話をうかがうことが出来ました。そこで、まず分かったのですが、漁網には透明のものと色付きのもので二種類があるということです。なぜ種類があるかというと、海の色に違いがあるからです。あるところは透明だったり、あるところは深いグリーンだったり。漁師さんは海の色に合わせた漁網を使っているんですよね。

ほうほう。

一般的に色付きの漁網が多いそうです。だから漁網のリサイクルナイロンも、元々は色が付いていて、そこにレギュラーナイロンを混ぜて、色を薄くしています。でも、その台湾のメーカーでは、漁網のリサイクルナイロンで綺麗なウェアを作りたいという思いから、透明の漁網のみを使っていました。透明のものは、色付きのものと比べて、数が少ない上に、リサイクルするのがとても難しいそうです。

それは何故ですか?

リサイクルをする場合、まず漁網をチップにして、そこから糸に紡績するのですが、チップに少しでも不純物があると、透明な糸が作れません。だから、チップを一点一点目視で確認しなくてはならず、非常に手間がかかるんです。

それは骨の折れる作業ですね。

これまでのリサイクル漁網は、ゴーストフィッシングという海に置き去りになった漁網へのアプローチだったんですよね。でも、このリサイクルナイロンは引退する漁網をメーカーから回収して原料にしています。つまり、トレースが取れているものを再生できるのなら、漁網の不法投棄もなくなるんじゃないかな?と考えました。

なるほど。漁網の不法投棄がなくなれば、ゴーストフィッシングもなくなる、と?

そうです。トレースが取れている漁網の、さらに透明のものだけを選んで繊維にしていることが、一歩先を行っている感じがしました。これはすごいことなんじゃないか、と。それで交渉を重ねて、お分けしてもらえることになったんです。

最初は門前払いだったのに。

はい。気持ちが伝わりました(笑)。それで、このプロジェクトにブランドを付けたいと思い、それを会社が形にしてくれて、〈Untangle It〉と名付けました。“Untangle”は(もつれたものを)解くという意味で、皆が抱えている問題を一つ一つ解いていきたい、というメッセージを込めました。

左:透明の漁網とそこから作られたチップ。一つでも違った色のチップが混入すると、透明な糸は作れないという。

右:〈Untangle It〉のリーフレット。ゴーストフィッシングとは異なるアプローチであることが書き記されている。

その台湾のメーカーでは糸の紡績までやっているんですか?

いえ。ここでは、回収した漁網をチップにして、一点一点チェックして、というところまでやっています。紡績は協力会社に依頼しています。

紡績はすんなりと進んだんですか?

それが、なかなか上手く行きませんでした。元々見たTシャツはリング糸を使っていました。それと同じように作って、ピリング(注:毛玉の発生を検査する試験)にかけたら、日本のアパレルで出せるレベルではなかったですよね。次にコンパクトで試してみたんですが、それもダメで。結局、MVSで……。

ちょっと待ってください。リング、コンパクト、MVSとは何でしょうか?

ごめんなさい。紡績方法の種類のことです。糸の紡績には、リング、コンパクト、MVSという種類があるんです。

MVSって聞いたおぼえがあります。スポーツウェアに使われるという糸ですか?

そうです。Murata Vortex Spinningという機械で紡績されている糸のことで、ジェットの力で紡績する技術です。

アメリカ物のTシャツでよく見るオープンエンドも空気の力で紡績するんですよね?

そうですね。オープンエンドはカジュアルなアイテムによく使われていますね。MVSも同じような風合いや味があるんですが、オープンエンドに比べると、表面が綺麗に仕上がります。

さきほどの話に戻ると、リングもコンパクトもダメで、というところでしたが。

はい。それでMVSで試したところ、大丈夫でした。これでダメだったらどうしよう、と思っていたので、嬉しかったですね。

最後の砦だったんですね。

そうです。当初のTシャツの風合いからは離れてしまいましたが、これはこれで面白い風合いに仕上がりました。コットンが入っているような不思議な手触りで、混率だけ聞くと、あれ?と思うはずです。

今回のアイテムには漁網をアップサイクルしたナイロン27%、ペットボトルをリサイクルしたポリエステルが27%、それにレギュラーナイロン46%を組み合わせていますね。

緯糸はリサイクルポリ50%と漁網ナイロン50%なんですが、縦糸にレギュラーナイロンを使っているので、この比率に落ち着いたということです。

なぜレギュラーナイロンを使ったんですか?

漁網ナイロンとリサイクルポリのみで作ることもできますが、コストが高くなってしまうので。それを少し抑えたいということであれば、レギュラーを入れることになります。

やっぱり普通のナイロンに比べると高価なんですね

そうですね。リサイクルと名のつくものは高くなりますね。

まあ手間もかかりますしね。

ちょっと質問してもいいですか? この漁網ナイロンは色合いが絶妙ですよね。特にネイビーにそれを強く感じていて、微妙にグリーンが入っている気がするのですが。

グリーンの糸は入っていません。原料にナイロンとポリを使っているのですが、染めるときの染料が違うんですよね。おそらく、どちらかの染料のネイビーが相反する方の糸に乗り切らず、こういう陰影がついたのかな?と思います。

フラットに見えると、ある種退屈な感じがしますが、それがないので面白いですよね。

この漁網ナイロンをレギュラーナイロンに置き換えると、この色合いや風合いは出ないのですか?

ならないと思いますね。

漁網が効いているんですね。

そうですね。一般的にナイロンは長繊維を使うことが多いんですが、この漁網ナイロンは短繊維で作っていますから、それが関係していると思います。

チョウセンイとタンセンイ?

繊維長といって繊維の長さを示す指標があります。短いものを短繊維(スパン)、長いものを長繊維(フィラメント)と呼んでいて、コーデュラ®など一般的なナイロンは長繊維が使われています。長繊維の原料を紡績すると、表面がツルッとしていて綺麗に仕上がるんですよね。対して短繊維のものは、糸が荒いので、ガサガサとしたタッチになるんですよ。

あーなるほど。

台湾で漁網ナイロンのTシャツを見たときに、短繊維でTシャツを作っていることが不思議に感じたんですよね。そこに希少価値としての魅力を感じました。

Tシャツを見ただけで、そこまで発展するなんて。さすがですね。

自分なら2秒でスルーしてしまいそうです。

見る人が見れば、そこに価値があるなんて、素晴らしい話ですね。

原料の漁網は台湾の漁師さんから回収したものなんですか?

そうです。お聞きすると、いろいろな団体があるようで、丁寧な仕事をする3つの団体に頼んでいる、と仰っていました。

この漁網ナイロンを使って、これまでに商品を作ったことはありますか?

それが、製品化して販売するのは初めてのことなんですよ。

おお、そうでしたか。

そうなんです。だからこんなに感慨深いことはないですね。台湾で漁網ナイロンのTシャツを見たのが2年前で、その間にコロナがあったりして、ようやく形になりました。

いずれ日本でもこういう試みが出来るといいですね。

そうですね。台湾と同じシステムで〈Untangle It〉の日本版ができたらいいですよね。

日本の漁師さんも透明の漁網を使っているんですかね?

KH

日本でも海の色に合わせた漁網が使われているようで、北海道では透明のものが使われているそうです。そしてトレースもきっちり出来ているみたいです。

では、日本版も出来そうですね。

台湾はそもそも(回収される漁網の)量が少なくて、それを分けてもらっているからいいのですが、日本の場合は量が多いので、繊維用にちょっとだけ使いたいというわけにもいかなくて。ちゃんと出口を見据えておかないといけませんね。

ただ作ればいいというわけにはいかないんですね。

はい。問題は山積みですが、一つづつ解決していけたらいいですね。

まさに〈Untangle It〉ですね。日本版の〈Untangle It〉を楽しみにしています。