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松任谷正隆さんとLovers Paradiseの話

いよいよスタートする2022 SUMMERコレクション。今シーズンは、松任谷正隆さんの楽曲「Lovers Paradise」を使用したコレクションムービーを制作しました。そこで今回のMAGAZINEでは、松任谷正隆さん、そして代々木上原のレコードショップ、Adult Oriented Recordsを営む弓削匠さんをお招きして、「Lovers Paradise」制作当時のことを伺ってみました。知識と経験溢れる松任谷さんから発せられるお話はどれもすごいエピソードばかり。ゆえに「へぇー」多めでお送りします。

松任谷正隆

作曲家・音楽プロデューサー。松任谷由実を筆頭に多くのアーティストの作品に携わる一方、音楽学校「MICA MUSIC LABORATORY」の代表を務める。今夏は鈴木茂、小原礼、林立夫と共に結成したバンド、SKYEでフジロック’22に出演予定。

弓削匠

ファッションデザイナー。代々木上原のレコードショップ「Adult Oriented Records」を運営する傍ら、AORミュージックの象徴であるジャケット&トラウザーを中心としたコレクションを展開するブランド〈Adult Oriented Robes〉を立ち上げる。

長谷川昭雄

ファッションディレクター・スタイリスト。雑誌『MONOCLE』や『POPEYE』のファッションディレクターを歴任後、『HOUYHNHNM』とともにウェブメディア『AH.H』を立ち上げる。2020年、〈NAUTICA JP〉のクリエティブディレクターに就任。

松任谷さんが手掛けた楽曲をコンパイルしたジャパニーズAOR集を弓削さんが選曲してくれました。記事とともにお楽しみください。☟☟☟

最先端の音楽クリエイターが集結した企画、CBS/SONY SOUND IMAGE SERIES。「Lovers Paradise」収録のアルバム『Seaside Lovers』(画像左)は、同シリーズ随一の人気作として、今なお海外からのウォントが多い。なお松任谷さんの参加は前作『the AEGEAN SEA』(画像右)から。(ともに弓削さん私物)

まず長谷川さんにお聞きします。今回のサマーコレクションのテーマに松任谷さんの楽曲「Lovers Paradise」を使用した経緯から教えてください。

本来〈NAUTICA〉って、アメリカのマリンみたいなことをテーマにやっているブランドで、チノパンとかボタンダウンとか、わりとベーシックなアイテムをやっていたんですよね。そういう本筋の部分をきちんとやりたいなと思ってて。松任谷さんの楽曲を使わせてもらい、そういうプレッピー的なイメージを作っていったらどうなんだろう?という思いがあって、今回お願いしたんですよね。

長谷川さんからの申し出を受けて、松任谷さんはどんな受け止めをされましたか?

それは嬉しかったですよ。自分でも気に入っている曲なんで。

松任谷さんご自身も思い入れのある曲なんですね。

そうですね。あの曲はソニーの企画物のアルバム用に書いたんですよね。その前に作ったエーゲ海(アルバム『the AEGEAN SEA』)が好評で、「次も作ろう」となったんですよね。

なぜエーゲ海だったんですか?

それはすごく単純な理由で、ジュディ・オングの『魅せられて』(副題:エーゲ海のテーマ)が流行ったんです。それでディレクターが「今はエーゲ海だ!」と言い出して(笑)。

へぇー。

『the AEGEAN SEA』の制作時は、松任谷さんもエーゲ海を訪れたんですか?

いや、ないですね。(松任谷)由実さんは行ってたのかもしれないけど。

では、イメージで作られた、と?

そうですね。どっちのアルバムか覚えてないけど、尿管結石で入院していて。それで入院先の病院を抜け出して、レコーディングスタジオに行ったりしていました。でも2回目ぐらいにバレて、えらく怒られたのを覚えてます。

曲からイメージする世界と現実世界のギャップがすごいですね。

ええ(笑)。

松任谷さん唯一のソロアルバム『夜の旅人』。ティン・パン・アレーのメンバーがバックを固め、全作詞、及びアルバムアートワークは由実さんが担当。なおファーストプレス盤の帯には、若かりし松任谷さんの写真が収められている。1977年発表。(長谷川さん私物)

「Lovers Paradise」が収録されたアルバム『Seaside Lovers』のリリースは1983年です。そこで今回は80年代初頭のファッションやカルチャーについてお話を伺ってみたいと思います。

1983年というと、僕はまだ子供だったんですが、当時テレビや雑誌、コマーシャルで“リゾート”が強く打ち出されていたのを記憶しています。

ファッションビジュアルも海ロケが多かったですよね。洋服そのものもマリンなテイストだったり。

なるほど。80年代の初頭のファッションってどんなものが多かったんだろう?

“1983年” “ファッション”で調べてみると、〈COMME des GARÇONS〉〈Y’s〉が人気。DCブームが加速。プアルック(ボロファッション)がブーム。ヨーロッパのスーパーカジュアル人気、とありますね。

初めて聞くものもありますね、ボロファッションとか。

当時の松任谷さんが夢中だったのは、やはりアメリカ物ですか?

そうですね。僕の世代ってアメリカの占領政策の影響をモロに受けてて、夜テレビを点けると、大体アメリカのホームドラマがやってるわけ。だからファッションは全部そこから刷り込まれていて、コッパンにボタンダウンにデザートブーツとか。テレビはモノクロだから、一体あれは何色なんだろう?って……そういう世代なんですよね。

モノクロだから、色が分からない、と?

そう。洋服に興味が湧いた頃は、1ドル360円が崩れ始めて、それこそミウラ商店(セレクトショップ「SHIPS」の前身)がダッフルバッグに服を詰めて手持ちで帰ってくるような時代です。そうやって、いろいろなものがドドドッと入ってきたのが、70年代の初めかな。

夢のアメリカに手が届いたわけですね。

でもアメリカはベトナム戦争で、音楽はフォークで、それが学生運動に飛び火して……という時代だったんですよね。だから世の中も陰鬱な感じで。その暗いムードから解放されたのが、70年代後半から80年代だと思うんですよね。

それは、松任谷さんのソロアルバムが出た頃ですか?(アルバム『夜の旅人』を取り出す)

そうですね。これ1977年でしょ。帯に写真が付いてなかった?

分かります。犬を抱えていらっしゃる写真。

そうそう。あれは「SHIPS」が出来てすぐに買ったシャツを着ているんですよ。

へぇー。帰ったら、もう一回見てみます。

つまりベトナム戦争も終わり、世の中が明るい方向に向かっていった、と?

そうですね。今思うと、一気に花が咲いたような感じですね。だから音楽もリゾート志向なものが求められたんじゃないかな。それで1980年にリゾートでコンサートをやろう!となって、由実さんの苗場(公演)が始まるんですよ。

あぁ、なるほど。

その前に葉山(マリーナ)でコンサートを始めて、それが逗子(マリーナ)に繋がっていくんだけど、葉山が僕らのリゾートトライの最初だったんじゃないかな。たしか1978年だったはずです。

すごく早いですよね。

いや、周りもそういうムードだったんですよね。一気に時代が変わったというか。

1983年、松任谷由実さんがリリースしたアルバム『REINCARNATION』(画像左)と『VOYAGER』(画像右)。この『VOYAGER』は、イギリスのアートチーム、ヒプノシスがアートワークを手掛けたことでも話題に。なお由実さんとヒプノシスのジョイントワークは、1981年発表のアルバム『昨晩お会いしましょう』から。(ともに弓削さん私物)

ちなみに1983年は、ユーミンさんのアルバム『REINCARNATION』と『VOYAGER』がリリースされた年です。

え、1年に2枚も!

それを言われるといろいろと思い出します。その頃はウェンディーズにハマってて、チリばっかり食べてた、とか(笑)。

へぇー(笑)。

『VOYAGER』のアルバムジャケットはヒプノシスが手掛けているじゃないですか。彼らとの取り組みは、1981年のアルバム『昨晩お会いしましょう』が最初だと思うんですが、そういったクリエイティブの提案は、どなたがされていたんですか?

ちょっと前までファミマの社長をやっていた澤田(貴司氏)が学生の頃、仲間を連れて、家にしょっちゅう遊びに来ていたんですよ。そのうちの一人に帰国子女の奴がいて、「就職先がない」と言うから「うちの会社に入って、社長をやれば?」と言ったんですよね。それが1980年ぐらい。

いきなり社長。豪快ですね(笑)。

その彼が「僕は何もできないけど、一つだけやりたいことがある。自分がすごく好きなアーティスト集団で、ヒプノシスというのがいる。彼らにジャケットをやってもらいたい」と言い出して。「そんなことできるの?」と聞いたら「やってみます!」と言って電話しちゃったんですよ。

すごい話だなぁ。

ヒプノシスは3人組で、オーブリー(・パウエル)とストーム(・トーガン)とピーター(・クリストファーソン)というのがいて。今でも覚えているんだけど、そのオーブリーが20枚ぐらいラフを持ってイギリスから来たんですよ。それをダーっと並べて、「この中で使いたいのある?」と聞かれて。それで2枚選んで、さあ、どっちにしようか?となったの。うち一つは『昨晩お会いしましょう』の作品。もう一つはダンスをしている男女が縛られている作品で、それがのちにピンク・フロイドの『時空の舞踏』に使われたんですよね。

へぇー!!

選ばれたのは、これですか?(『昨晩お会いしましょう』を取り出す)

そう。ユーミンさんにすごく似ているんだけど、違うんだよね。

うん。本人じゃない。ヒプノシスがすごいのは実写で撮るところなんだよね。ストームが入り込むタイプの人間で、(狙った絵が)撮れるまで何日も何日も粘るんですよ。

へぇー。この『VOYAGER』も手が込んでいますね。これ、どうなっているんですか?

これは空をプールに見立てているんですよ。

なるほど。このサイズ(LP大)だと見応えがあって良いですね。

1984年のLAオリンピックに際してリリースされた公式アルバム。クインシー・ジョーンズやボブ・ジェームス、ハービー・ハンコックなど、アメリカを代表する名うてのミュージシャンが各種競技のテーマソングを制作。残念ながら未CD化。(NAUTICA私物)

1983年の世相を読み解くキーワードとして、弓削さんの見立てでは、翌年にロス五輪を控えていることも影響しているのでは?と。

そう。僕と長谷川くんにとって、最初のオリンピックがロスだったんですよ。あのロス五輪がアメリカに強く惹きつけられるきっかけになったのかな?という思いがあって。例えば、公式アルバムにボブ・ジェームスが参加していたり。

あぁ、あのアルバムね。

アルバムというのは?

オムニバスの公式アルバムですよ。クインシー(・ジョーンズ)が体操のテーマソングを書いてたりして。

アルバムの制作にはロックミュージシャンも関わっていますが、ほとんどジャズ畑の人じゃないですか。彼らが第一線に立って、ヒットチャートを賑わせながら、世界的なイベントの音楽を作るなんて、すごい時代だなってつくづく思いますね。

オリンピックへの期待があのアルバムが込められていますよね。あれは必聴盤だと思います。

おお、やっぱり。

やっぱりアメリカ人はイベントに対する気持ちがストレートですよね。「We Are The World」もそうだけど。あんなの日本じゃ考えられない。

様子を伺ってしまう?

そう、「誰が出るの?」って(笑)。向こうは「これいい!」となったら「やろうぜ!」となる。アメリカのミュージシャンと仕事すると、大体テイクワンがOKになるの。日本の場合はテイクを重ねて細かくやるんだけど、アメリカ人は違う。グルーヴ命。

へぇー。

だからファーストインプレッションがいかに大事かをアメリカから教わった気がしますね。

1983年の松任谷さんの音楽ワークスの一部。弓削さんのお気に入りは、シンガーソングライター桐ヶ谷仁さんのサードアルバム『JIN』(画像左)。松任谷さんのアレンジワークが冴え渡った名盤で、今なお国内外から高い評価を受けている。(すべて弓削さん私物)

1983年の松任谷さんは、由実さんのアルバムだけで1年に2枚。くわえて他のアーティストのプロデュースのお仕事もこなしていたわけで。

うーん。年間20曲ぐらいだったかな。

1ヶ月に2曲弱の計算。すごいですね!

いやいや、多い人は1週間に20曲書いたりしていましたからね。

とはいえ、相当お忙しかったんじゃないですか?

まぁ。スタジオから帰ってきて、一生懸命譜面書いて、という毎日だったかな。今と違ってスタジオに行かないと音が録れない時代だったので。

これ、お聞きしたかったんですが、当時の日本人スタジオミュージシャンから、アメリカ人に負けないぞ!という気概を感じるのですが、制作の現場にそのようなムードがあったのでしょうか?

うーん。どちらかと言えば、僕は逆だったかな。アメリカのサウンドって太いんだけど、立体的で、空気感があるんですよ。それをやりたくて色々試すんだけど、日本では出来ないわけ。だから、アメリカで音を録ったらどうなるんだろう?という興味がずっとあった。

うんうん。

それで色々考えたわけですよ。何が違うんだろう?って。1つ目は空気の違い、という説。2つめは電圧。日本は100Vでしょ。だから電圧の違い、という説。3つ目は人。人間が違うから選ぶ音が違う、という説。そんな仮説を立てて、日本で撮った音をミックスをするためにアメリカに行ったんですよね。そしたらね、スタジオでテープをかけた瞬間……ものすごい安っぽい音がしたの。篭ってて、薄っぺらい感じの音。

へぇー。

これじゃあダメなわけだ、っていうんでアメリカで1から録音することを決めて、毎年行くようになりました。それで分かったのが、3つの要素すべてが大事だったんですよ。

1つだけの理由じゃなかった、と?

そう。特に人間の違いというのはありますよね。例えば、青い目の人ってやたら(明るい光を)眩しがるでしょ。あれ、本当に眩しいみたいなんですよね。それで、日本人は見えなくなっちゃうような暗いところが、彼らは見えるんですよ。だからアメリカのレストランって暗いですよね。

分かります。ホテルも暗いですよね。

音も同じなんですよ。抜ける音を作りたくて、僕らは一生懸命ハイを上げていくわけ。ハイハットのチッチッチッという音を「もうちょっと」って。でも、連中はそれを「痛い」と言うんですよ。僕らはドーンっていう低い音を聴くと気持ち悪くなっちゃうけど、彼らはそう感じない。つまり視覚と聴覚がリンクしている。高い音、明るいところが弱くて、低い音、暗いところに強い。だから人間が違う、というのは大きいんだよね。

へぇー。

じゃ今では録音はほぼアメリカで?

そうですね。コロナになる前までは、日本に知り合いのミュージシャンはほぼいなかったですね。向こうのミュージシャンとばかり仕事していたので。

1回の作業でどのぐらい滞在されるんですか?

だいたい1ヶ月ぐらいかな。長い時は2ヶ月ですね。録音とミックスで2回行くこともあったり。

とすると、スタジオの近くに美味しいご飯屋さんがあると良いですね。

いや、ご飯は大体デリバリーになっちゃうんだけど。

では、お買い物をする暇もなく?

いや、買い物はするんだな(笑)。スタジオが始まるのが昼ぐらいだから。時差ボケを使って早めにお店に行ったりしてね。

やはり手に取るのはアメリカ物ですか?

そうですね。結局戻るところはアメリカ物になっちゃいますよね。

当時の印象深いお買い物はありますか?

そりゃ山のようにありますよ。アメリカから帰るときは、こんな大きいズタ袋を2つぐらい抱えて帰るみたいな。

バイヤーですね(笑)。

そう(笑)。あの頃行ったアウトレットのことなどは、いまだに覚えてますしね。

アウトレット、ということは90年代の話ですか?

いや、80年代からありましたよ。バーストーというロサンゼルスとラスベガスの中間にある街があって、そこに僕が最初に行ったアウトレットがありましたね。片っ端から一軒一軒入ったりして。当時、日本で神様と言われていた〈Florsheim〉という靴屋さんがあったんだけど、えっこんな存在なの?ってぐらい寂れていたのを覚えています。

そのバーストーに行く道があって……15号線だったかな。まっすぐ道が伸びてて、ここでディープ・フォレストを聴いたら、さぞかし良いだろうな、と思って。それで翌年、ディープ・フォレストの音源を持っていたら全然合わなくて。そっか、トム・ペティがここの音楽だ!って。日本ではトム・ペティなんて絶対聴かないのに、15号線には合うんですよね。

NAUTICA 2022 SUMMERのコレクションムービー。「Lovers Paradise」から連想するイメージに合わせてビーチでロケを敢行した。劇中にはAdult Oriented Robesとともに制作したアイテムも収録。

車に乗っていると、つい選んでしまう曲ってありますよね。

松任谷さんの楽曲は車との親和性がすごく高いですよね。車で聴いていると、いつも思います。

それは僕が車好きだからなのかな。

それもあるのかもしれないですね。

ちょっと違う話なのかもしれないですけど、昔はミックスが終わると、皆カセットに落として、自分の車のステレオで確認をするんですよ。

あ、その話、聞いたことあります。

そうでしょ。音楽は車の中で聴かれることが多かったからね。

今回のサマーコレクションのムービー撮影中もよくカーステで「Lovers Paradise」を聴いてました。

そうなんだ(笑)。

海で聴くとさらに良いんですよね。波の音と重なって深みが増す、というか。

多幸感がありますよね。後半に向かって上がっていく感じが最高です。

ちなみにムービーをご覧になってどうでしたか?

いやぁ、嬉しいですよ。長谷川くんらしくて。しかもお洒落だし。

良かったです。動画を作っても、一流のアーティストの楽曲を使わせてもらうことなんて、なかなかないわけで。

そうですよね。フリー音源でお茶を濁すことが多いですよね。

うん、すごく贅沢だと思う。

そう言ってもらえて良かった。この曲はあの時代の僕の集大成みたいなところもあるから。

おお。集大成ですか……!

いやぁ、光栄です。ありがとうございました。

いえいえ。

NAUTICA『2022 SUMMER』directed by A.

サマーコレクションの発売を記念して、フリークスストア 渋谷店にてローンチイベントを開催します。レギュラーアイテムにくわえ、Adult Oriented Robesとのコラボレーションアイテム、さらに弓削さん厳選の和物レコードコレクションを展示販売いたします。

 

■日時

6月24日(金)- 7月10日(日)

 

■時間

平日 12:00-20:00

土日 12:00-20:30

 

■場所

フリークスストア 渋谷店

(東京都渋谷区渋谷区神南1-13-1)

※6月24日(金)18:00より上記店舗にてAdult Oriented Recordsオーナー弓削さんのDJイベントを開催します。レコードを3,000円以上お買い上げいただいた方に、数量限定のレコードバッグのノベルティもご用意しております。